今この瞬間を生きるための

家族の一人の変化でおもったこと

 
heart and hands
 

こんにちは。

前回の投稿から、気づくと半年が経っておりました。早かった。この半年、あまりにも驚くことが続いていましたので、あっという間でした。

というのも、前回の投稿が12月20日。実は、その前から、家族の一人、私の実母のことですが、彼女に変化が起きはじめてはいたのでした。

 

2020年の母の変化

 

2020年10月までは、ピンピンしていました。食欲もあり、お肉もお魚も喜んで食べ、ワイン・ビールなども楽しんでいました。テレビも観て、70代から始めたPCも自分で操作し、自分でYouTubeを検索して、音楽や、かわいい動物の動画を楽しんでいました。新聞も丹念に読んでいました。

(ただ、コロナを警戒して、2020年3月頃から外出はしなくなっていました。さらに、夏ころからお庭の手入れ・好きな篠笛を吹くこともしなくなっていました。)

 

そして、それまでは、朝早く起きていたのですが、いつまでも寝ている事が増えました

2020年11月下旬:新聞を読まなくなりました。TVもつけなくなり、PCを開くことがなくなりました。朝、起きても、部屋を明るくせず、暗いままでぼーっと座っていることが増えました。なるべく、何か動いたほうがいいなと考え、私は母に洗濯物を干すことをお願いし、この頃は、「はーい」と答えて、干してくれていました。

そのうち、洗濯物を干すことをお願いしても、そのまま、放置されている日が増えました。母はたまに自分で料理していたのですが、この頃は、全くしなくなっていました。あまりにもじっと動かないので、「笛を吹いたらどう?」「YouTube、観たいものがあったら検索するよ?」と、声をかけても、「笛は、もう吹きたくないのよ」「観たいものは、ないよ」という、無気力な返事だけがかえってきました。

 

11月中の母の変化を見て、「ああ、ついに認知症なのか……」と私は思いました。80代ですし、来るべきものが来たなという感想でした。ただ、よく聞く認知症の症状として「乱暴な言動が増える」「介護に抵抗する」ということが全くなく、みるみる衰弱していく一方だったので、なんとなく違和感はありました。高齢者の認知症と、鬱の症状の判別は難しい、という記事もあったので、「もしかしたら、鬱なのかも?」という思いもありました。

そこで、市の「高齢者支援センター」(自治体によって、窓口の名称は異なるようです)に相談しました。何をどうしたらよいか、わからなかったからです。

すると、まずは「かかりつけ医を受診してください」と言われました。認知症にもいろんなタイプがあり、投薬・治療が異なるそうなのです。まずは、診断が必要だとのことでした。

ここで、私は途方に暮れました。

というのも、母には持病がなく、かかりつけ医がなかったからです。呼吸器が弱かったので、喉が痛かったりすると気をつけてはいましたが、風邪をひいても病院には行かず、幸い、これまでこじらせることがありませんでした。入れ歯もなく、歯医者さんへの定期検診に行っていたくらいだったのです。そのせいか、いつも年齢よりも10歳ほど若く見られていましたし、実際、私も、ほかの同年代の人と比べ、母は若く見えるなあと思っていたくらいでした。

それでも、受診せねば仕方がないので、一番近い内科クリニックに母を連れて行きました。この頃は、母とは普通に話ができていることが多かったので、どういう理由で連れて行こうか悩みました。病院嫌いだったので、拒絶されるかもしれないと思ったのです。

しかし、「ちょっと、体調を見てもらおうか」と声をかけた私に、母はアッサリ素直に応じましたので私は内心安堵するとともに、驚きました。もしかしたら、母も自分の変化に戸惑っていたのかもしれません……。

12月上旬:近所の内科クリニックを受診。認知症だろう、とのことで、さらに大学病院精神科への紹介状がすぐに出されました。認知症のテストを受けたところ、母がほとんど答えられなかったので、ショックでした。

高齢者はかかりつけ医を持つべき、と痛感

私としては、このあと在宅で母の面倒をどうやってみていったらよいか不安でたまらず、そういう相談もしたかったのですが、そのお医者さんとしては、精神科の専門家ではないし、母を診るのは初めてだったので、「紹介状を書くからそこで診てもらって」というばかりでした。お医者さんにとっては、いきなり、状態の悪い高齢者を診察するのは、嫌な事なんだ、と感じました。

かかりつけ医がいない、ということは、健康で素晴らしいことですが、私の母のように、ある日突然状態が悪くなったとき、本当に困ってしまいます。日参する必要はないですが、月に一度でも病院に行って、お医者さんと顔見知りになっておくのは大事だと痛感しました。

待つしかなかった日々

紹介状が出た先の病院の精神科にすぐ電話をかけたのですが、なんと最速でとれた予約が2021年2月22日でした。「に、2ヶ月半さきなの???」と目まいがしそうでした。ですが、内科クリニックの先生には「認知症は、そんな急激に進んだりしませんから」と言われていたので、「待つしかないか……」と、諦めの気持ちでした。

12月中旬~年末: この頃までは、2階の母の部屋の中で歩いていましたし、1階のお風呂に入るために、階段も、手すりにつかまりながらではありますが自力で昇り降りしていました。

しかし、大好きだったお風呂にも、だんだん入りたがらなくなりました。もともと、歯磨き・デンタルフロスも丁寧にやっていたので、入れ歯のない母でしたが、歯磨きもしなくなっていた様子でした。

この頃から、お風呂に入る介助を始めました。ある時、お風呂に入る様子を見ていたら、身体・頭髪を洗えなくなっていることが分かったからです。母が1階に降りてきたら、脱衣の手伝い・身体や髪を私が洗い、歯磨きをして、母が浴槽に入ったら、一旦、浴室を出て、お風呂上りに体を拭いて、服を着るのをまた手伝うようにしたのです。

母はこの頃は全くお料理をしなくなっていたので、私が1階のキッチンで食事を準備し、2階の母の居室に運んでいました。2階の小さい冷蔵庫は、母が管理していたので、私が中をのぞくことはなかったのです。しかし、クリスマス前のことでしたが、ふと、母の冷蔵庫を掃除しようかと、開けたところ絶句しました。母が食べきれなかったお菓子や、お惣菜が、お皿に積み重なっていました。パンや、チーズなどが、カビて変色していました。母が冷蔵庫の中のものを管理できなくなって、だいぶ時間が経っていることがわかりました。驚いて子供も呼び、中のものをかたっぱしから処分・庫内を掃除しました。

「認知症って、こんなに変わってしまうのか……」とショックだった出来事でした。

それでも、お節料理は、一緒に食卓を囲めたので良かったです。お正月のお雑煮は、お餅が危ないと思い、残念でしたが、お餅なしのお雑煮にしました。

そして2021年の母の変化

 

年が明けましたが、母はお正月であることはもう分からないようでした。

そして、1月5日。母が、お風呂に入りました。約10分おきに様子を見に行き、「そろそろ出ようか?」と声をかけていたのですが、その日はなかなか出ようとしませんでした。ですが30分を過ぎたころ、子どもが「いや、もう出たほうがいいんじゃない?」と言ってきて「そうだよね」と、また浴室に行きました。母は、しぶしぶな感じで出てきて、身体を拭いていたときに、急に様子が変わり、反応しなくなった後、倒れました。

 

 

 

 

 

 

 

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