楽しく生きるための

花鈿・よう鈿

 
Soukei
 

★この記事は、以前私が運営していたブログ「あやつり座」にて掲載していたものです。初出は2012年頃です。現在もこの記事へのアクセスが多いので、こちらのブログに転記しました。文章は、若干手直ししています。

イラストの髪型は、「双髻(そうけい)」といい、奈良時代の貴婦人の髪形のひとつです。

この髪形も、額の「花鈿(かでん)」という化粧も、唐から伝わってきたものだそうです。

私は「花鈿」=紅で額に文様を塗ったものだろう、と思っていたのですが、
「模様を描いた紙を額に貼る」ということもしたようです。

当時の化粧法「花鈿(かでん)」についてちょっと御紹介。


“花子(かし)は、日本風俗史上の韓唐風模倣時代といわれた頃の化粧法の一つ。
花子とは顔面に色彩を以て点を打つ化粧法で、
呉の貴婦人が孫和という人のために顔を傷つけられたので
医師を招いて治療を請うた所、この医師の薬に琥珀が多すぎたために傷のあとが赤い斑点となったのであるが、
この赤い斑のためにかえってその夫人の顔が一層の美を増したので、
人々はそれに従って真似、わざと丹青で点を付ける花子(かし)という化粧法が起こった。

この花子(かし)の方法は唐においては白緑と紅等の色があって、その形状も点のみならず
月形や、銭の形などさまざまの形があった。
その付けられた位置も眉間、頬上、頬(耳と目の間)、口の両側、等に施されていた。

隋代には花鈿(かでん)と称して
花子(かし)のごとく蓮花、木葉、雲形などの五色の紙を貼布することすらあった。
これを五色花子といい、唐では女官が身だしなみとして用いた。
我国においてもこの花子・花鈿が入ってきた最もよい例としては、樹下美人の図にみることができる。”
(出典:『理容・美容学習事典’68年版』)

“唐代には花鈿(かでん)・花子(かし)といって、
金箔や五彩の色紙、蜻蛉(とんぼ)の羽などを
花、葉、雲の形に切って眉間や瞼のうえに貼る化粧法が流行した。”
(sunburn/70rockさんのブログ)

“正倉院に伝わる奈良時代中期、
日本で描かれた「鳥毛立女屏風(とりげりつじょのびょうぶ)」の女性像を見ると、
宮廷女性のメークの片鱗を感じることができます。この屏風には、
唐風の女性が樹の下に立っている姿が描かれています。

女性は顔に白粉を塗り、太く眉を描き、紅を使ってふっくらとした唇を描いています。
額中央には“花鈿”(かでん)、
口元には“よう鈿”(ようでん)と呼ばれる、カラフルな色で花や星を描く化粧が施されているのが特徴的です。
同じ絵柄が中国の敦煌(とんこう)の壁画にもあることからも
唐のメーク法が日本にも伝わっていたことがわかります。”
(ポーラ文化研究所サイト・やさしい化粧文化史より)


「花鈿」を調べると、「花子(かし)」「よう鈿」という言葉も出てくるんです。


まず三国時代(呉)以降に「花子(かし)」が流行って中国国内に定着、
それが隋の時代にバージョンアップして「花鈿・よう鈿」が広まり、
唐代には定着して日本に伝わって来たのかなぁ、という印象を受けますね。

ふと気がついたのですが、
花鈿の「鈿」という字は 「螺鈿(らでん)」の「鈿」。

螺鈿(らでん)細工を御存じでしょうか。
夜光貝・アコヤガイなどの美しく光る部分を切り出して、漆器や家具に埋め込む、
実に美麗な工芸品です。

「花鈿」は金箔・美しく映える紙などを顔に貼る(あるいは彩色する)ことによって、同様の効果を得た化粧法なんだなぁ
と思いました。

コレは私の勝手な憶測ですが、

貝をおでこに貼ろうとしても重くて落っこちてしまうので、直接ヒフに色を塗ったり、金箔やトンボの羽を貼ったのかもしれませんね……  美しく見られたい!という女心が伝わってきます。

花鈿… 現代でいえば、キラキラ光るラメ入りのアイシャドウ、あるいはカラーコンタクトみたいな感じでしょうか(笑)


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